2023-01-01から1年間の記事一覧
なんにもなくてごめんね。と彼女はつぶやく。 「なんにもない」と僕はあらためてつぶやく。繰り返す。 僕もきっと「なんにもない」と思う。僕より彼女のほうが、色々なものを持っていて、それはもちろんマテリアルという意味ではなくて、彼女の才能とか、あ…
胸の奥に溜まっていた感情のゲージがどんどんと上がっていく。 少し前までは空っぽだったはずの箱が、すっかりと埋まっていく。 そこには最近会った人のことや、最近食べた美味しいもののこと、最近見た美しい景色や、最近ドライブしたときにアクセルを踏み…
窓の外の景色がものすごいスピードで移り変わる。田舎の田園風景を見ていた僕は、続いてビル群を眺め、そして海の向こうに沈んでいく太陽を目にする。 僕が少し前まで会っていた人たちや、少し前まで目にしていた画面、大事にしていたものやことが、高速度の…
躊躇いなく、その電話を無視した。 その電話は2度か、3度繰り返し鳴った。私は少し怖くなったけれど、息をそっと潜めるようにその電話が切れるのを待った。 希望とか、理想とか、そんな言葉が概念的なものとしてではなく、本当にあればよかった。 そうしたら…
ぐしゃぐしゃになったレシート。消えかかった日付の刻印。珍しい名字の担当者。 そこは海が近くて、水の透き通る音がした。彼女は彼女にしては珍しいイエローのワンピースを着ていて、テラス席に腰を下ろすと、すぐにその海の水平線の彼方を見つめた。 僕が…
①She said she thinks I can be a better girl. 「とりあえず、抱えていた色々なことが落ち着いたみたいで良かったね」と僕は言った。彼女は「ありがとう」と一言つぶやくと、しばらく黙った。 僕は自分の手元を数秒眺めたあと、店内をなんとなく見回した。…
荒れ狂う季節のなかで、「ありがとさん」「ごくろうさん」といった言葉をつぶやく。 あらためて考えてみると不思議な言葉だ。日々の実践のなかで何気なくつぶやかれている言葉の尊さや、それが交感していくさまを想像すると、言葉の重みを感じる。 言葉で誰…
毎日が楽しい、なんてことはない。毎日が楽しくて、楽しくて、仕方がないなんていう気持ちにはならない。 けれど、たまに楽しい、それこそ生きていて幸せだなあとふと思うことがある。 例えば、それは東京の夜の街明かりを見たとき。名前も知らない人々がた…
ゆっくりと沈み込んでいく。それは堕落の結末であり、怠惰の終末でもあった。 汚れた脚で失われたものやひとを追い求める姿を晒しながら生きていく、そんな退廃の日々のなかに光を照らしていく。 本当は何がしたいのだろう。本当はどうなりたいのだろう。本…