Prune.

好きなことを好きなだけ。

なんにもなくて

なんにもなくてごめんね。と彼女はつぶやく。 「なんにもない」と僕はあらためてつぶやく。繰り返す。 僕もきっと「なんにもない」と思う。僕より彼女のほうが、色々なものを持っていて、それはもちろんマテリアルという意味ではなくて、彼女の才能とか、あ…

empty

胸の奥に溜まっていた感情のゲージがどんどんと上がっていく。 少し前までは空っぽだったはずの箱が、すっかりと埋まっていく。 そこには最近会った人のことや、最近食べた美味しいもののこと、最近見た美しい景色や、最近ドライブしたときにアクセルを踏み…

高速度

窓の外の景色がものすごいスピードで移り変わる。田舎の田園風景を見ていた僕は、続いてビル群を眺め、そして海の向こうに沈んでいく太陽を目にする。 僕が少し前まで会っていた人たちや、少し前まで目にしていた画面、大事にしていたものやことが、高速度の…

躊躇いなく

躊躇いなく、その電話を無視した。 その電話は2度か、3度繰り返し鳴った。私は少し怖くなったけれど、息をそっと潜めるようにその電話が切れるのを待った。 希望とか、理想とか、そんな言葉が概念的なものとしてではなく、本当にあればよかった。 そうしたら…

the sea (I can hear her breathing)

ぐしゃぐしゃになったレシート。消えかかった日付の刻印。珍しい名字の担当者。 そこは海が近くて、水の透き通る音がした。彼女は彼女にしては珍しいイエローのワンピースを着ていて、テラス席に腰を下ろすと、すぐにその海の水平線の彼方を見つめた。 僕が…

she said, she was, I am.

①She said she thinks I can be a better girl. 「とりあえず、抱えていた色々なことが落ち着いたみたいで良かったね」と僕は言った。彼女は「ありがとう」と一言つぶやくと、しばらく黙った。 僕は自分の手元を数秒眺めたあと、店内をなんとなく見回した。…

分かりあえないから

荒れ狂う季節のなかで、「ありがとさん」「ごくろうさん」といった言葉をつぶやく。 あらためて考えてみると不思議な言葉だ。日々の実践のなかで何気なくつぶやかれている言葉の尊さや、それが交感していくさまを想像すると、言葉の重みを感じる。 言葉で誰…

東京の街が奏でる

毎日が楽しい、なんてことはない。毎日が楽しくて、楽しくて、仕方がないなんていう気持ちにはならない。 けれど、たまに楽しい、それこそ生きていて幸せだなあとふと思うことがある。 例えば、それは東京の夜の街明かりを見たとき。名前も知らない人々がた…

汚れた脚

ゆっくりと沈み込んでいく。それは堕落の結末であり、怠惰の終末でもあった。 汚れた脚で失われたものやひとを追い求める姿を晒しながら生きていく、そんな退廃の日々のなかに光を照らしていく。 本当は何がしたいのだろう。本当はどうなりたいのだろう。本…

friendly

ふと、昔に付き合っていた人のことを思い出すことがある。 その人のことを思い出すとき、僕の頭のなかには決して彼女の表情であるとか、体型とかそういうものが浮かんでくるわけではない。女の子にしては少し低めで優しげな声とか、しっかりしているように見…

【超短編エッセイ】他者であること、異なること

他者であることとは何だろうか。 電車で隣の席に座った人は他者である。マンションで隣に住んでいる人も他者であるに違いない。しかし、他者であるとは「異なること」を必ずしも意味しない。 そもそも私たちの遺伝子の99.9%は同じである。もちろん、そこに…

【超短編エッセイ】強さとそのユーフォリア

夢の記憶、愛の記憶、刹那の記憶が蘇る。すべてがリフレクションとして、過去からの連続性のなかで立ち上がってくる記憶だ。 夢のなかで笑顔を見せていた僕は、現実のなかで苦しさや、過失や、やるせなさを感じる。けれど、それですべてが終わってしまったわ…

【超短編小説】魔法のようなもの

魔法のようなものについて語ろう。 その部屋では、美しいスロービートの音楽が流れている。どことなく60年代を思わせるような優美な歌声と、ディズニー映画を思い起こさせるようなおとぎ話の音。 『もし僕らの言葉がウイスキーであったなら』というエッセイ…

【超短編小説】儚さの流動体

儚さが流動する、その乗り物(vehicle)としての「儚さの流動体」をあなたは目にする。それはある側面では、明るく輝かしいさまを見せ、もう一方の側面では暗くどろどろとした闇を覗かせる。 自己増殖的な悪意と、都市に浮遊する空気感のなかから抽出される意…

【超短編小説】湖と亡霊

深夜にうごめく亡霊たちの声がする。その声はポリフォニー。重なり合う。 ある霊は不平不満を、ある霊は失望を。そして一つの霊だけは、上等な褒め言葉を口にする。繋がり合ったり、離れたり、縺れたり、うごめく亡霊たちの姿は無邪気でありながら、シニカル…

【超短編エッセイ】While drinking, she asked "how has your day been?"

「ああ、そんなこと言ってたよね。」と彼女は僕に言う。 「そんなに考えてたなんて思ってなかった。だって君のいうことは真剣そうじゃなかったもん。そんなに真面目に悩んでたとは思わなかったから。」彼女はあっけらかんとそう言う。 そういう図太さ、臆せ…

いまこの街で、カキツバタの花言葉を想う

カキツバタの花言葉は『幸せは必ず訪れる』だ。 小沢健二が表参道で街頭ライブを行った映像を観て、彼がカバーしていた曲、Pii「カキツバタ」を聴くことになった。 ほとんど正体不明のPiiというアーティストが歌うこの曲は、メロディもさることながら、歌詞…

ささやかな日々、しかし強烈な日々

KIRINの「発酵レモンサワー」を飲みながら、この文章をなんとなく書いている。誰に宛てて書いているわけではない、強いて言えば自分に向けて。 コロナ禍の先が見えない、暗い、ひたすらに暗い世の中が続く。トンネルのなか、向こう側の出口が見えないような…

【超短編エッセイ】withコロナというポジティブさ

落ち込んだり、悲観的になったりすることが、過剰なポジティブ思考信仰によって忌み嫌われ、否定されたりする。これもある種のアメリカナイゼーションなのだろうか、様々な人たちが普通と思っていることが、実は文化的に構築され、輸入されたりしている可能…

【超短編エッセイ】コロナとある種のリアルについて

コロナ以前と以後で、圧倒的に変わってしまったことがある。それは街のリアルであり、世界のリアルだ。 僕たちが生活を営むまさしくその場としての都市、そしてあらゆるものやひとをつなげてきた世界が虚構化し、閉鎖されているということだ。 一見すると街…

【日向坂46】ひらがな時代のおすすめ曲、ぜんぶ紹介する & メンバー、全員紹介する

今年のはじめに突然、日向坂46にハマった。 きっかけは友人に勧められて、彼女らの冠番組であるテレビ東京『日向坂で会いましょう』を見たこと。アイドルでありながらも芸人並みのスキルをもった、個性豊かな彼女たちに驚いた。 そんな経緯で、今回は好きに…

【超短編エッセイ】A to B to somewhere

Peter Peter - Conversation やれコロナ禍だ、緊急事態宣言はいつまで延びるかなどと、まくしたてられる日々。本質的に重要なことはなにか。エコノミカルに?リアリスティックに?PV至上主義的に? 未開の地に足を踏み入れる冒険家のように、慎重に。あるい…

【超短編エッセイ】La nuit―夜

たまっている下書き記事が大量にある。いずれ然るべきタイミングにアップすればよいのだけれども、然るべきタイミングとやらが来るのかどうかは分からない。 夜は深く、深海のなかにいるような気分になる。 美しい音楽が夜を彩れば、夜の部屋の灯りは少しで…

【短編小説】Matters of Concern

冷房をガンガンに効かせた部屋なのに、少しエアコンの風が弱くなると途端に暑く感じてしまう。暑がりは、外に出られないし、暑がりは、黙ってエアコンの効いた自宅で読書をしたり、音楽を聴いたりしている方が良い。 ただの霧みたいな、ただの雨みたいな、た…

【短編小説】偽物と本物、あるいはその脱構築

偽られた顔を眺めて、本当のことは決してこの口から語られることなどないのだろうと思う。なぜなら、僕も嘘をついていて、結局のところはお互い様だったからだ。 「大したことはない」と彼は言う。僕はそんなふうに楽観的にはいられないんだ。本当は大したこ…

言葉、エクリチュール、ポエティック、諸々の実践

言葉で確かめるような日々の実践がある。文学、歌詞、詩…言葉がいろいろなものを広げていく。 僕は明日を、言葉で確かめていく。同時に過去をも。 すべては読み替えの実践だった。僕はテクストを読み替える。読みの快楽のなかで、僕たちは「はじめまして」と…

【短編小説】Synthétique

Tout s'embrase dans mes rêves synthétiques. (Zarba par Therapie TAXI) 総合的で、連鎖的な、事物そのものが問いかける真実という構築物。全ては意味のなかで溶け合い、身体において統合され、文化のなかで形態を獲得する。 混ぜ合わせたアイスクリームは…

【短編小説】なんにも得られないこの街で

▼Homecomings「Blue Hour」に最大限のオマージュを。 Blue Hour Homecomings ロック ¥250 provided courtesy of iTunes なんにも得られないこの街で。なんでもあって、なんにもないこの街で。 分からない正体不明の人が、この人は無能だとか、この人はいけ好…

【短編小説】SUNDAY SONG / SHE SUNG

▼Richard Beirach「SUNDAY SONG」に最大限のオマージュを。 SUNDAY SONG リッチー・バイラーク ジャズ ¥200 provided courtesy of iTunes 日曜日の朝、彼は買ったばかりの飲むヨーグルトを捨てる。 彼は別にヨーグルトの味に不安があったわけではなかった。…

【短編小説】We Never Know

▼HAIM「You Never Knew」に最大限のオマージュを。 You Never Knew ハイム オルタナティブ ¥250 provided courtesy of iTunes 高速道路に沿って続く、いくつかのマンションを眺めて。 沢山の部屋に灯りがついているのに気づくでしょう。おそらくそれは暖色で…